海外ドラマや洋画を観るとき、あなたは字幕派ですか?それとも吹き替え派ですか?
日本語字幕は、オリジナルの役者の声を聴ける一方で、字数制限により、セリフの情報量が取捨選択されていることがあります。
日本語吹き替えは、原語とほぼ同程度の情報量を受け取れる一方で、オリジナルの役者の声ではなく声優をとおしてセリフを聴くことになります。
このように両者には一長一短があるのです。
それは、日本映画を海外に向けてローカライズする際も同じと言えます。
英語字幕と英語吹き替えでは、シーンによって伝えていることや情報量が異なります。
この記事では映画『千と千尋の神隠し』を題材にして、両者の違いや日本語のセリフとの違いについて考察します。
考察の感想を先にお伝えすると、セリフが大きく意訳されているものや、日本語のセリフとは違う感じで英訳されているセリフがあり、驚きました。
そして何より、「よきかな」=「よかったなぁ」の意味ではないことに驚きました。
いったいどの名言がどのように翻訳されているのでしょうか?
気になる方は、引き続き本記事をお楽しみください。
また、英語学習者の方や英語好きの方でしたら、見出しのセリフを見て一度自分の中で英訳を用意してから、実際の英訳との違いを比べてみるのも楽しいと思います。ぜひ英語学習にもご活用ください。
釜爺「手ェ出すならしまいまでやれ!
吹き替え:Finish what you started, human.
『千と千尋の神隠し(Spirited Away)』
字幕:Finish what you start.
『千と千尋の神隠し(Spirited Away)』
直訳すると「始めた(る)ことは終わらせろ」。
吹き替えも字幕もほぼ同じ言葉を使って表現していますが、ニュアンスが微妙に違います。
吹き替えのwhat you startedは、過去形が使われていることから、千尋の親切心で行った行動に対して物申しています。
一方の字幕は、現在形が使われています。現在形は、原則的に半永久的なことを表す形です。
中学英語で、不変の真理や格言、ことわざには現在形を使用すると習った方も多いかと思います。
ここの字幕は、千尋の行動に対してのセリフというよりも、「世の中はこういうものだ」と格言めいたことを言っているようなニュアンスです。
吹き替えの考察に戻ると、こちらは最後にhumanが付いており、無骨な釜爺の言い方がオリジナルのセリフと合致しますね。
両方の考察を読んで、「字幕は吹き替えに比べて、格言めいていて表現がカタい」「釜爺のセリフにしては真面目な言い回し」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
ここで本線から少し脱線しますが、一つ小話をさせてください。
今回のように、日本語のぶっきらぼうな釜爺の言い回しを正確に再現するのであれば、吹き替えのほうがオリジナルに近いニュアンスを出せています。
字幕は、字数制限の制約により、キャラが立つような表現が入りきらなかったのだと推察します。
そういう場合は、字数制限にゆとりのあるほかのシーンやセリフで、キャラの立つ言い回しやワードチョイスを入れてカバーすることがあります。
河の神「よきかな」
吹き替え/字幕:Well done.
『千と千尋の神隠し(Spirited Away)』
これは字幕・吹き替えともに同じ言葉Well done(直訳:よくやった)が使われています。河の神が相手を労う言葉が使われているのです。
この英語表現を見て、「ん?」「あれ?」と思った方はいらっしゃいませんか?
私は思いました。
私は今まで「よきかな」は、大量のゴミが取り除かれ「さっぱりした/気持ちよかった/温泉がよかった/いい湯だな」といった、湯屋のおもてなしに対する感想として使われているセリフだと思っていたからです。
つまり、「よきかな」=「よかったなぁ」と思っていたのです。
しかし、実際は「よきかな」=「よくやったなぁ」だったのです。
Well done(よくやった)と言うからには、その言葉を受ける相手がいます。その相手とは、映画の流れ的に千尋だと考えるのが順当です。
つまり、河の神は「(千尋よ、)よくやった」の意味で、「よきかな」と言っているのです。
自分のこれまでの解釈を覆す大発見でしたが、本当に「よきかな」=「よくやったなぁ」の意味なのでしょうか?
順を追って証明していきます。
まずは、辞書で「よきかな」の定義を確認してみます。
「よきかな」で調べても辞書に載っていなかったため、同じ漢字「善哉」を使い、読み方の違う「ぜんざい」で調べました。
※なぜ「よきかな」と「ぜんざい」に同じ漢字が使われているのかは、後述します。
ぜん‐ざい【善×哉】
デジタル大辞泉
《が原義。梵sādhuの訳で、漢訳仏典に用いられる語》
1.[名]善哉餅のこと。関西ではつぶしあんの汁粉。関東では餅に濃いあんをかけたもの。
2.[形動ナリ]よいと感じるさま。喜び祝うさま。
「上人を礼し…―なれや、―なれと夜遊を奏して舞ひ給ふ」〈謡・輪蔵〉
3.[感]実によい、そのとおりである、の意で、相手をほめたたえる語。特に、師が弟子に賛成・賞賛などの意を表すときに用いる。よきかな。
「―、―、孝行切なる心を感ずるぞとて」〈謡・谷行〉
注目していただきたいのは、赤字部分の“師が弟子に賞賛などの意を表すときに用いる”です。
「よきかな」は上の者が下の者をほめるときに使う言葉だそうです。
現代語に変換すると、目上の人が部下や年下に使う「ご苦労様(ごくろうさま)」と近い語感ですね。
ではなぜ「よきかな」と「ぜんざい」に同じ漢字「善哉」があてがわれているのでしょうか。
これは、テレビアニメなどで取り上げられ「一休さん」の愛称で知られている、一休禅師が深く関係しています。
禅師とは、高徳な僧侶に与えられる尊称で、英語で言う「禅マスター(Zen master)」のことです。
ぜんざいの語源にまつわる話からも分かるとおり、「よきかな」は身分の高い人が自分より低い者に対して使っています。
さらに一休禅師の話から歴史をさかのぼると、「善哉(よきかな)」はもともと仏教用語で、神仏が道徳的に善い行いをした人間を褒める場合に使用される言葉だったそうです。
以上を踏まえて映画の「よきかな」の解釈に話を戻すと、神であり、来客でもある河の神(上の者)が、人間であり、もてなす側でもある千尋(下の者)に対して、「よくやってくれた」と労うために使った言葉なのです。
「よきかな」に使われている英語「Well done」も、まさしく立場や役職が上の人が下の人を労って使う上から目線の言葉なので、ピッタリの英訳だと言えます。
さいごに
英語字幕と英語吹き替えを考察しようと思い、あれこれ調べていましたが、まさか英訳で日本語「よきかな」の解釈の誤解にたどり着くとは思いもしませんでした。
「よきかな」の意味について、もし私と同じ誤解をしていた方がいらっしゃいましたら、どれくらいの人数の方が同じ考えを持っていらっしゃるか興味があるので、ぜひコメントいただけると幸いです。
part 2では釜爺の有名なセリフ「エンガチョ」を含め、その他の有名なセリフがどういう風に英訳されているのか取り上げたいと思います。
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