2024年4月19日にリリースされた、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)の11枚目のアルバム『The Tortured Poets Department(ザ・トーチャード・ポエッツ・デパートメント)』。
略称TTPD。
この記事では、後半16曲について、どんな曲なのかを簡単にご紹介します。
【全曲解説パート2】
The Black Dog
17曲目「The Black Dog」を直訳すると、「黒い犬」で、歌詞ではバーの名前として登場します。
この曲を理解するうえで、知っておきたい英語のことわざに“Old habits die hard.(古い習慣はなかなか死なない)”というものがあります。
(歌詞にこれをモジった表現が登場します)
歌詞で語られている「古い習慣」とは、「恋人と位置情報を共有すること」です。
語り手は、過去の習慣によるものなのか、それとも前に進めない相手への思いなのか、恋人と別れた後も元恋人の位置情報をチェックしてしまい、もだえ苦しみます。
なぜなら、自分はまだ傷心状態なのに、元恋人はすでに前に進んでいるかと思えるような場所にいたからです。
この曲は、破局後の温度差と、断腸の思いで元恋人への思いと習慣を捨てていく荒療治を歌った曲。
imgonnagetyouback
18曲目「imgonnagetyouback」は、「あなたを取り戻すつもり」という意味。
この曲は、元恋人と復縁したいのか復讐したいのか自分でも分からない心情を歌った曲です。
元恋人のことが気になって仕方がない愛憎入り混じる感情が表現されています。
The Albatross
19曲目「The Albatross」の「Albatross」の意味は、「アホウドリ」。
アホウドリは元々、「幸運」の象徴とされていました。
しかし、イギリスの詩人サミュエル・テイラー・コールリッジの1798の詩『老水夫の歌』の影響により、「一生背負う重荷」の意味も持つようになりました。
この曲は、まさに『老水夫の歌』の詩とアホウドリの意味(一生背負う重荷)から着想を得たような曲。
テイラー自身をアホウドリに見立て、彼女の存在は交際相手にとって悪魔なのか天使なのか、周りや世間がどんどん意見を変えてとやかく言ってくることを歌にしています。
Chloe or Sam or Sophia or Marcus
20曲目「Chloe or Sam or Sophia or Marcus」を和訳すると、「クロエか、サムか、ソフィアか、マーカスか」。
この曲は、自分を大事にしてくれなかった相手と破局したが、その元恋人のことが忘れられない報われない恋愛を歌った曲。
曲名と歌詞に登場する名前の羅列は、その元恋人の新しい相手だと思われる人の名前です。
男性名も女性名も含まれていますが、注目すべきは、性別でもなく、名前の持つ意味でもなく、「羅列されていること」だと思われます。
つまり、元恋人にとって語り手は、ほかの誰かに置き換えられるような、替えのきく存在だったのでしょう。
現に、元恋人は、恋人よりもドラッグを求めているので、恋愛相手はいくつも替えがあるくらいにしか思っていないのかもしれません。
それでも、語り手は相手のために自分を変えようと献身的で、その温度差がより痛みを伴った恋愛へと変貌していく様子が伝わってくる曲です。
How Did It End?
21曲目「How Did It End?」の意味は、「それがどうやって終わったか?」。
「それ」が指すものは、一つの恋愛関係のことを指します。
この曲は、一つの恋愛関係が終止符を打ったことに反応して、深く詮索してくる世間の反応を批判的に歌った曲です。
恋愛事情はパーソナルなものであるはずなのに、破局したとわかった途端に、世間はゴシップネタとして破局原因を知りたがる卑しさもこの曲では表現されていると思います。
So High School
22曲目「So High School」の意味は、「かなり高校生気分」です。
この曲は、文字通りまるで高校生の恋愛のような初々しい恋愛を表した一曲です。
ティーンエイジャーの間で盛り上がるゲーム、「Truth or Dare(質問に正直に答えるか、挑戦をしなくてはいけないゲーム)」や「Spin the Bottle(瓶を回転させて止まったときに瓶の口の前にいた人にキスするゲーム)」や「marry, kiss or kill(特定の選択肢の中から、結婚相手、キス相手、殺害相手を選ぶゲーム)」が歌詞に盛り込まれていて、恋愛の盛り上がりを感じさせる曲です。
I Hate It Here
23曲目「I Hate It Here」の意味は、「この場所は嫌い」。
この曲は、現実逃避を歌った曲です。
昔は良かったと語られることが多いですが、結局どの時代にタイムスリップしたとしても決して楽しいわけではなく、彼女の心の安寧は頭の中に創り出した空想の中だけだということを歌っています。
thanK you aIMee
24曲目「thanK you aIMee」の意味は、「ありがとうエイミー」。
この曲は、虐められた過去の確執を歌った曲です。
それにもかかわらず、曲のタイトルには「ありがとう」と感謝の言葉が綴られています。
それは、いじめ相手に屈することなく対する反撃ソングをいくつも制作し、どん底から今の地位にまで返り咲いて、むしろ感謝していることを皮肉を込めて歌っているからです。
I Look in People’s Windows
25曲目「I Look in People’s Windows」を直訳すると、「人々の窓を覗き見る」です。
この曲は、1つの関係が終わったことを反芻しながら、元恋人への未練を歌った曲。
もし、覗き見た窓の日常の中に元恋人がいて、もしもう一度目が合ったらどうなるだろうかと妄想したり、街中でその相手を見かけないかと思いを馳せたり。
まるで、破局してから時が止まったかのように、相手のことが頭から離れない日常が表現された作品です。
The Prophecy
26曲目「The Prophecy」の「Prophecy」の意味は、「予言、お告げ」です。
この曲は、神的な存在にお告げを変えてほしいと懇願している曲です。
お告げの内容については直接的な表現で歌詞に表れてはいません。
しかし、運命の相手と思っていた人とまた別れてしまったり、自身が呪われているのではないかと疑心暗鬼になったりして、「お金はいらないから、一緒にいてくれる相手が欲しい」と懇願しているところから、「お告げ」というのは、生涯結婚できないことを示唆していると思われます。
Cassandra
27曲目「Cassandra」の「カッサンドラ」とは、ギリシャ神話に登場するトロイアの美しい王女のことです。
この曲は、テイラーとカッサンドラを重ね合わせ、彼女の言うことを誰も信じてくれなかったときの絶望感や孤独感を歌った曲です。
Peter
28曲目「Peter」の「ピーター」は、ディズニー映画でもお馴染みのピーター・パンのこと。
この曲は、大人になっていったウェンディと子どものままのピーター・パンの物語になぞらえた曲。
二人の間で交わした約束を果たせなかったことへの懺悔と、別々の道を歩むことにした二人の物語を歌っています。
「約束」「成長すること」「窓辺」など、物語の印象的な部分と歌詞が非常にリンクしています。
The Bolter
29曲目「The Bolter」の「Bolter」には、「逃走する馬、逃走者」という意味があります。
この曲は、好奇心が先行し恋愛関係を始めるも、関係の綻びが見えた途端に逃げ出すことを歌った曲です。
では、具体的に誰から逃げ出しているのでしょうか?
テイラーは、これまで何人ものイギリス人と続けざまに浮世を流してきました。
そして、この曲の歌詞にイギリス英語(mates)を忍ばせているところから、イギリス人男性たちとの関係を断ち切ろうとしている表れなのかもしれません。
そして、「イギリス人」「ボルター」というキーワードから、特筆すべき人物がいます。
イギリス人貴族のイディナ・サックヴィル(Idina Sackville)です。
彼女は、エドワード朝時代に生きた人物で、当時としては珍しく5度の結婚と離婚を繰り返した女性です。
時代の風潮に囚われない生き方をした彼女の伝記を、イディナの子孫が2008年に出版しています。
そのタイトルが、『ザ・ボルター』。
タイトルはイディナが夫たちから逃げる癖があったことに由来しているそうです。
テイラーは彼女からインスパイアを受けて、この曲を書いたのだろうと推察できます。
Robin
30曲目「Robin」の「ロビン」は歌詞中に一度も登場しませんが、「ロビン」は「子ども」を指していると歌詞から感じ取れます。
この曲は、子どもが本能的に持っている無邪気さや純真さやあふれる元気を表現し、同時に、大人目線から子どもの優しい世界を守ろうとする姿勢を表現した一曲です。
The Manuscript
31曲目「The Manuscript」の「Manuscript」の意味は、「原稿」です。
第三者視点で歌われたこの曲は、過去の恋愛をまるで何かの原稿かのように客観的に見つめなおして、昇華させていくことを歌った曲です。
【さいごに】
このアルバムは、1969年、医師エリザベス・キューブラー=ロスの著『死ぬ瞬間』の中で紹介される「悲しみの5段階」の影響を受けた作品だと言われています。
ときに事実を否認し、ときに誰かに怒りの矛先を向け、ときに神に助けを求めて取引し、どうあがいても変えられない状況に絶望し、最後は死を受け入れる。
この「悲しみの5段階」は、必ずしも死に直面した人だけに当てはまることではありません。
例えば、失業してしまい職を失った人。
大切にしていたものをなくしてしまった人。
テイラーのように、失恋によって交際相手やその時の自分を失った人。
生きている限り、大切なものや誰かを失ったときの悲しみは、誰もが経験することです。
だからこそ、このアルバムが聴く人の共感を呼ぶ所以なのかもしれません。
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